「瞑想は本当に効果があるの?」「脳にどう作用するの?」─そんな疑問を持つ方に向けて、科学的根拠に基づいて解説します。
瞑想は約5,000年もの歴史があると言われ、今なお世界各地で実践されています。一方で、今ではGoogle をはじめとする世界の企業でも働く人のウェルビーイングや創造性のための“当たり前の習慣”として導入されている瞑想は、「なんとなく怪しい」と感じられることも少なくありませんでした。
私自身、そんな時代からヨガや瞑想を地道に続けています。継続できた理由は、体感としての確かな効果があったこと以上に脳科学や神経科学という科学的な研究が後押ししてくれたからです。
化学を学んだ私にとって、曖昧なまま信じることは得意ではありません。スピリチュアルに近いと思われがちな瞑想について、科学的な根拠を調べ、学び、脳や神経の働きと結びつけて理解してきました。
実際、不安・ストレスの軽減、集中力の向上、睡眠の質の改善など、様々な効果が多くの研究で実証され、医療分野では、精神疾患症状の改善や痛みの軽減を目的としたプログラムが導入されています。もちろん、宗教色はありません。
現在行われている様々なプログラムの原型として、1979年、ストレスや慢性的な痛みの軽減を目的としてJon Kabat-Zinn博士によって開発されたマインドフルネスストレス低減法(MBSR)は、医療機関だけではなく教育現場や企業で導入されてきました。
さらに、1990年代には、Zindel V. Segalらによってうつ病の再発防止を目的としたMBSRと認知行動療法を組み合わせたマインドフルネス認知療法 (MBCT)が開発され、瞑想や呼吸法を通して、自分自身の思考・感情を観察し、「ありのままの自分」を受け入れることを学びます。
このブログの目的は、瞑想と脳の関係を明らかにすることで、「生きづらい」と言われる今を、自分らしく生きるための選択肢の一つとして瞑想のハードルを下げること。
具体的には。。。
- なぜ効果があるのかを脳の仕組みから理解することで、自分の中に落とし込み、取り組むための一助に。
- 前回のブログで解説したぐるぐる思考は、瞑想でコントロールできることが脳の仕組みを知ることで理解できる。
なお「瞑想」と一口に言っても種類はさまざまですが、当ブログでは主にマインドフルネス瞑想(呼吸や身体感覚に注意を置き、「気づいて戻す」を練習する方法)を扱います。
では早速、科学的な知見を一緒に見ていきましょう。
1. なぜ「瞑想」は心を静めるのか
私たちは何もしていないとき─たとえば夜ベッドで眠れないときや、電車でぼんやりしているとき─頭の中で思考が勝手に流れ続けることに気づくことがあります。「あのときこうしていればよかった」「明日あの人に何て言おう」。過去と未来を行き来して落ち着かなくなる。また、映画の悲しい場面で流れていた音楽を頭の中で奏でてみたりーこれがいわゆるぐるぐる思考です。
脳の中では、このときDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)が活発になっています。DMNは“自分をめぐる思考”を生み出すネットワークで、過去の後悔や未来の不安と深く関係しています。言い換えれば、「ぐるぐる思考のエンジン」のようなものです。
瞑想が「心を静める」と言われるのは、このDMNの活動を穏やかにするから。呼吸に意識を戻すたびに、脳の注意を切り替えるネットワークが働き、ぐるぐる思考(反芻)や自動思考から距離を取れるようになっていきます。
1-1.DMNをもう少し丁寧に:三つのネットワークと“切り替え役”
ぐるぐる思考に関わるのはDMNだけではありません。脳内では主にこの三つのネットワークが、状況に応じて音量を上げ下げしています。
- DMN(デフォルト・モード・ネットワーク)
ぼんやり内省・自己独白・反芻に関わる“内向き”モード。過去や未来を行き来しているときに上がりやすい。 - エグゼクティブ・ネットワーク(実行系/フロント・パリエタル)
計画・判断・タスク遂行を支える“外向き”モード。目の前の課題に集中しているときに上がる。 - セリエンス・ネットワーク(前島皮質/前帯状皮質)
「今は内側に注意? それとも外側?」を見極め、二つのモードを切り替えるスイッチ役。
ポイントは、DMNとエグゼクティブはシーソー関係だということ。
片方が優位になると、もう片方は自然に音量が下がります。料理中にレシピと鍋に全集中している時(実行系↑)、さっきの会話の反省会(DMN)は静まり、逆に夜ベッドで反省会が始まると(DMN↑)、目の前のToDoは霞みます。
そして、この切り替えの合図を出してくれるのがセリエンス・ネットワーク(SN)。
「いま雑念に飲まれたな」と気づく → 呼吸や体感へ戻す、という瞑想の一往復は、まさにセイリエンスの働きです。マインドフルネス訓練後は、安静時のSN–DMN結合が強まり、内的な変化への“気づき回路”が整うとことが示唆されます。
一方、集中瞑想の最中は、SNが迷走を検知して実行系へ切替、DMNは相対的に静まる—という時間的リレーが観測されます。
つまり、配線(結合性)は太くなるけれど、運用(瞬間活動)は状況に応じてDMNを抑えて切り替える、という関係です。
また、瞑想経験がある人ほどセリエンス↔DMNのつながりが強まる傾向が示されています(Rahrig ら, 2022)。内側で起こる心身のサイン(ドキッ、こわばり、ため息)に気づきやすくなることが、切り替えの上手さに反映されているのでは、という解釈です。
瞑想は“無になる練習”ではありません。「今、思考が暴走している」と気づき、呼吸へ戻る─この「気づいて戻る」の反復を繰り返すことが、脳の訓練になります。たとえるなら、“ぐるぐる思考に巻き込まれない筋トレ”です。
1-2.気づいて戻す」は脳ではこう動く
では、瞑想中に「気づく → 戻す」をくり返すとき、脳内でどのような切り替えが起こっているのかまとめてみましょう。
- 「気づく」瞬間に働く:前帯状皮質と島皮質(=サリエンスネットワーク)
- 「戻す」動作で活性化:前頭前野(注意のコントロール)
- 一方で静まる:先ほどのDMN
アメリカ・エモリー大学の神経科学者Hasenkamp(2012)は、瞑想中の「迷走→気づき→戻す」というプロセスが、実際にネットワークの切り替えとして起きていることをfMRIで示しました。つまり瞑想は、“思考をやめる”のではなく、“思考から離れる練習”なのです。
この流れを反復することで、「注意を取り戻す力」が強化されます。まるで散らかった机を片づけるように、心の“雑音”を整理していく感覚です。
2. 瞑想が変える「脳の部位7選」
瞑想を続けると、脳の中では少しずつ“バランスの取り方”が変わっていきます。ここでは、特に生活の中で実感しやすい7つの脳部位を紹介します。仕事、家事、人間関係、そして睡眠─どんな場面にも関係している部分です。
2-1. 前頭前野(PFC)|意思決定・セルフコントロール
役割:目標設定、衝動のコントロール、注意の切り替え。
瞑想で起きること:注意が散っても「そっと戻す」力が育ち、思考の暴走に巻き込まれにくくなります。集中力の“持ち”がよくなり、物事に落ち着いて取り組めるようになります。
前頭前野は注意、感情や記憶のコントロールをはじめ様々な活動を行う脳の中の脳といわれる重要な場所です。瞑想によって活動が高まることが示唆されています。 (前頭前野については後の章で詳しく説明しています。)
2-2. 後帯状皮質/内側前頭前野(PCC/MPFC)=DMN
役割:自己物語の想起、過去や未来への思考(マインドワンダリング)。
変化:過剰に働いていたDMN(デフォルト・モード・ネットワーク)が静まり、「今この瞬間」への意識が戻りやすくなります。呼吸や身体感覚へ戻る“通路”が太くなる感覚です。
2-3. 島皮質(Insula)|身体感覚への気づき
役割:呼吸、鼓動、内側のサイン(内受容感覚)の検知。
変化:感情が暴れる前に身体の変化に気づけるようになります。「イライラしてきた」「緊張してるな」といったサインを早めにキャッチできるため、感情に飲み込まれにくくなります。
2-4. 海馬(Hippocampus)|記憶と回復力(レジリエンス)
役割:記憶の整理、文脈づけ、ストレス反応の調整。
変化:反芻からの立ち直りが速くなり、気分の回復がスムーズになります。嫌な出来事を引きずりにくくなり、落ち込んでも「戻れる自分」に変わっていきます。
2-5. 扁桃体(Amygdala)|不安・恐怖のアラーム
役割:脅威を検知する初期反応(ドキッ・ざわつきの信号)。
変化:ストレスを感じても反応が穏やかになります。カッとなりにくくなり、怖がりすぎない心の落ち着きが生まれます。
(この扁桃体については3章で詳しく見ていきましょう。)
2-6. 側頭頭頂接合部(TPJ)|共感・視点の切り替え
役割:他者理解、思いやり、共感の基盤となる部分。
変化:相手の気持ちを受け取りやすくなり、「自分と他人の境界」がほどよく保たれるようになります。対人ストレスが軽くなり、やわらかな応答が増えていきます。
2-7. 脳幹・視床/自律神経・報酬系・脳梁
自律調整(脳幹・視床):呼吸・心拍が整い、落ち着きと集中が共存できるようになります。
報酬系(側坐核):小さな達成感に敏感になり、続ける力が自然に育ちます。
脳梁:左右の脳をつなぐ橋が強まり、論理と創造のバランスが良くなります。
こうして見てみると、瞑想は「脳を静めるもの」ではなく、脳全体のバランスを整えるトレーニングだと分かります。日常の小さなストレスにも、しなやかに対応できる心が育っていくのです。
3. 扁桃体が静まると、心の波が小さくなる
もう一つ、瞑想の変化で特徴的なのは扁桃体(へんとうたい)です。扁桃体は「不安」や「恐れ」を感じ取る脳の警報装置のような場所。では、「不安」を感じると体はどのように反応するのでしょうか。血圧の上昇、心拍数や呼吸数の増加,発汗などが観られます。これらは人類が狩りをして暮らしていた時代には命の危険を察知するために必要な反応でした。では、現代の私たちはどうでしょうか。普段の生活の中で命の危険を感じるような緊迫した状況にはありません。その代わりに、メールの通知や人間関係のトラブルなど“小さなストレス”にも過敏に反応してしまうようになっています。
ハーバード大学のホルツェルら(2011)は、MBSRの継続によって扁桃体の灰白質が減少し、感情的反応が穏やかになることを報告しています。瞑想を続けることで、この扁桃体の過敏さが和らぎ、不安や恐れで「ドキッ」とした後にすぐ落ち着けるようになると言われています。
不安や緊張で押しつぶされそうな場面でも、自分の感情に気づき、コントロールする力が養われていることで、落ち着いて対応できるようになります。
4. 「カーネマンの速い思考/遅い思考でわかる瞑想の意味
まずは人物紹介からいきましょう。
ダニエル・カーネマンはイスラエル生まれの認知心理学者。相棒アモス・トヴェルスキーとともに、人間の判断が“必ずしも合理的ではない”ことを体系立てて示し、2002年にノーベル経済学賞を受賞しました。行動経済学の扉を開いた人、プロスペクト理論で有名です。
代表作が『ファスト&スロー』(Thinking, Fast and Slow)。私たちの意思決定を動かす二つの頭の使い方を、**システム1(速い思考)とシステム2(遅い思考)**という、覚えやすい枠組みで語っています。
4-1.カーネマンは、日常の判断ミスを生むクセ(ヒューリスティクスとバイアス)をたくさん見せてくれます。たとえば…
- アンカリング:最初に見た数字に無意識で引っぱられる
(定価からの“◯%OFF”を見ると、実際よりお得に感じる…) - 利用可能性ヒューリスティック:パッと思い出せる情報を“頻度が高い”と感じる
(最近ニュースで見た出来事を「どこにでもある」と思い込む…) - 確証バイアス:自分の仮説に合う情報ばかりを集めてしまう
(「私は嫌われている」と思うと、その証拠だけ目に入る…)
これらは怠けや性格の問題ではなく、脳の省エネ設計。忙しい毎日をさばくには近道(ヒューリスティクス)が必要で、その副作用としてバイアスが生まれる、という見方です。
4-2. 二つの思考様式:システム1とシステム2
では、「瞑想がなぜ心を落ち着かせるのか」についてカーネマンの研究から説明していきます。カーネマンは人間の思考を速い思考と遅い思考の2つに分けてそれぞれの特徴を示しました。
- システム1(速い思考)
直感・感情・習慣ベース。扁桃体やDMNが主役になりやすいモードで、瞬時に「好き/嫌い」「危ない/安全」を判定。
長所:スピーディ・省エネ・日常の大半を自動運転で回せる。
短所:不安や反芻(ぐるぐる)で暴走しやすい。思い込みに弱い。 - システム2(遅い思考)
意識的・論理的・検証的。前頭前野を使って注意を配分し、情報を吟味する。
長所:バイアスを修正し、再評価(リフレーミング)ができる。
短所:燃費が悪く、疲れていると働きにくい。
人は基本システム1で生きている。大事な場面でだけ、システム2を意図して呼び出せると強いということですね。
4-3. ここで瞑想が効いてくる理由
ここまで読んで「あ、ぐるぐる思考=システム1の暴走だ」と思われた方が多いと思います。瞑想はこの暴走に“静かな割り込み”を入れる練習です。
- 「気づく」……前帯状皮質・島皮質(サリエンスネットワーク)が「今、迷走してる」と検知
- 「戻す」……前頭前野が注意を呼吸・身体感覚へ再配分(システム2の招集)
- 「静まる」……DMNが落ち着き、扁桃体の過敏さも下がる
この“気づく→戻す”の一往復が、システム2の呼び出しボタンになります。だから、瞑想後に「同じ出来事なのに落ち着いて対処できた」が起きる。脳の仕組みから見ても自然な変化です。
システム1は、脳の主に感情を司る扁桃体が活性化された状態で、感情と結びついた直感的な反応です。一方で、システム2は、ぐるぐる思考が止まらないとき、脳の中ではこのシステム1の暴走です。 瞑想は、「気づいて戻る」ことでシステム2を呼び戻し、前頭前野の働きを回復させる練習といえます。つまり瞑想とは、「感情的に大きく反応する前に一呼吸おける自分」を取り戻す時間。心が落ち着くのは、脳の仕組みとして当然のことなのです。
瞑想は“考えない”訓練ではなく、考えに巻き込まれない訓練ということですね。
4-4. 生活への落とし込み(すぐ使える3ステップ)
- トリガーを決める:感情が立つ場面(通知・会議前・家事詰め込み)を“合図”にする
- ラベルを一語:「あ〜また不安な感情がきた」と自己内会話をする。「気づき」を脳内で明らかにする。
- 呼吸に戻す:吐く息を少し長めにすると良い。前頭前野が起動しやすい形です
これで、反射(システム1)→応答(システム2)へ。続けるほど“間がとれる自分”が育ちます。忙しい女性の毎日にこそ、効果を実感しやすいでしょう。
5. 前頭前野が整うと、“考えすぎ”が減っていく
瞑想を続けると、脳の前頭前野(PFC)が少しずつ整っていきます。前頭前野は“心の司令塔”。注意・判断・自己制御を担い、ここが働くと、感情に流されず「いま必要なこと」に集中しやすくなります。
ここでいちばん大切なのがメタ認知です。
メタ認知とは、「いま自分が何を感じ・何を考え・どう反応しようとしているのか」を一段上から見て調整する力のこと。前頭前野はこのメタ認知の“司令塔”として、衝動のブレーキ、注意の切り替え、行動計画の更新、そして結果の振り返り(モニタリング)を担っています。
この役割の重要性は、歴史的な症例からもよく分かります。1848年、鉄道工事監督のフィニアス・ゲージは事故で前頭部に重度の損傷を負い、その後、衝動性・無礼・優柔不断・計画の放棄など、人格と自己制御に大きな変化が生じました。記憶や言語などの“頭の良さ”は保たれていたのに、「してはいけないことを抑える」「状況に合わせて方針を変える」「忠告や規範に従う」といったメタ認知的な制御が著しく難しくなったのです。
(現代の神経心理では、目の前の物に“つい手が伸びる”利用行動、古いルールに固執する保続なども、PFC機能低下で見られる所見として知られています。)
まとめると、前頭前野は。。。
- 反応抑制:カッとなる・つい口走る・衝動買い…にブレーキをかける
- 認知的柔軟性:状況の変化に合わせ、古いやり方を手放して方針転換する
- ワーキングメモリ/計画:目的を保持し、手順を組み、途中で迷子にならない
- モニタリング(エラーチェック):結果やフィードバックを“意味ある情報”として拾い、次の行動を微調整する(=メタ認知の中核)
そして瞑想が支えるのは、まさにこのメタ認知の土台です。
呼吸に注意を置き、「雑念に気づく → ラベルを付ける(例:不安/評価中) → 呼吸へ戻す」を繰り返すと
- 反応抑制:気づいた瞬間にブレーキが入りやすくなる
- 認知的柔軟性:“いま必要な注意”に切り替えるのが速くなる
- モニタリング:自分の状態変化を捉え、微調整するのが自然になる
その結果、「イラッと来ても一呼吸おけた」「不安の波を早めに検知して姿勢や呼吸で戻せた」「集中が切れても立て直せた」といった“戻る力”が日常で育ちます。
言い換えれば、瞑想は前頭前野を通じてメタ認知を鍛える実践。ぐるぐる思考に巻き込まれず、自分を取り戻すための、静かで確かなトレーニングですね。
6. まとめ|“考える”から“気づく”へ
では最後に瞑想の効果をまとめます。
- ぐるぐる思考の正体は、脳の自動運転=DMNの過活動。
- 瞑想のコアは「気づく→戻る」の反復。サリエンスが“今”を検知し、前頭前野(PFC)が注意を配り直すことで、DMNは静まります。
- 扁桃体(不安・恐れの警報)の過敏さが下がり、ドキッから落ち着きへの“戻り”が速くなります。
- 前頭前野×メタ認知が整うと、衝動に流されず「いま必要なこと」を選べるようになります。
- 私たちが毎日使う7つの脳部位(PFC/DMN/島皮質/海馬/扁桃体/TPJ/脳幹・視床・報酬系・脳梁)のバランス調整として、静かに積み上がっていきます。
言い換えれば、瞑想は「脳を空っぽにする技」ではなく、
“気づく→戻る”で注意と感情を整え続ける習慣。
“考えを止める”必要はありません。気づいたら戻すだけで十分。
その小さな往復が、ぐるぐるの滞在時間を確実に短くします。
次のブログでは
瞑想の具体的な方法を科学的な視点を踏まえてわかりやすく解説します。
